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J-1→E-2→グリーンカード、ハワイに“呼ばれた”男が語る移住のリアル

J-1→E-2→グリーンカード、ハワイに“呼ばれた”男が語る移住のリアル

[ハワイ進出した実現者インタビュー]
KAZUHISA FUJITA(藤田 和久)
Senior Account Executive
Wincubic.com, Inc.

 

東京都渋谷の工務店一家に育った藤田カズさんが初めてハワイへ行ったのは19歳の春。きっかけは大学入学祝いに母から言われた「海外旅行に行ってみたら?」の一言でした。サーファーでハワイに通っていた従兄弟のヒロカズさんが入学前の3月に旅行が決まっていて、“ヒロカズ兄ちゃんが一緒なら安心”と便乗して決まった旅。当時、カズさんの憧れはゼロだったそうです。

到着直後に向かったのは空港送迎シャトルではなくレンタカー会社。ワイキキではなくノースショアへ向かい、サーフポイントを巡り、プレートランチを買ってビーチパークで食べる。さらにアラモアナでカセットテープを購入した理由は、ハワイのFMを録音して日本で聴くため。93.1(KQMQ)、93.9(KIKI)、92.3(KSSK)…ビーチで寝転びながら流れる音が、旅を“日常”へ連れ帰ってくれたのです。その年は3月・5月・12月と計3回ハワイへ。ハワイが“記憶”から“体温”へ変わった一年でした。

 

家計の危機が導いた“海外とつながる仕事”——新聞社24時間の現場で

 

家計の危機が導いた“海外とつながる仕事”——新聞社24時間の現場で

大学に入学してすぐの20歳の頃、父の事業が傾き家計は困窮。奨学金と高時給バイトを探し、カズさんは新聞社の編集局・外報部の原稿係となります。主な役割はデスクのアシストで、原稿の管理や海外支局との連絡係。シフトは3交代制で、朝刊・夕刊・緊急対応までほぼ24時間体制でした。

過酷だけれど刺激的。「海外」とつながる仕事、英語・洋楽・洋画が好きだったカズさんには理想の環境だったと言います。新聞社のアルバイトと年1回のハワイ旅行——それが学生生活の軸に。やがて友人たちにハワイを指南する“ハワイマスター”になり、ヒロカズ兄ちゃんに教わったスタイルをそのまま伝授していきました。

 

リクルートで“ハワイを仕事にする”——企画ヒットが次の扉を開く

 

リクルートで“ハワイを仕事にする”——企画ヒットが次の扉を開く

卒業後、就活をしていなかったカズさんは偶然の募集からリクルートへ入社。旅行情報誌『エービーロード』配属となり、海外旅行全盛期の中でハワイは主力商品であり、コンテンツでした。カズさんはハワイオタクぶりが評価され、ハワイ専門旅行会社を担当することが増えました。ホテルを歩き尽くし、ワイキキを徹底研究。学生時代とは違う“仕事の目線”でハワイを見るようになります。

新たに海外営業部が発足。まずは一番人気のハワイから、新しいブックインブックの海外別冊企画が誕生しました。現地の広告主への取材や撮影でハワイに出張する日々が始まりました。自分が望む以上に、なぜかハワイに縁がつながっていく——そんな流れが見えてきます。

 

J-1で“最初の移住”へ——ハワイ番組3本立ち上げ、しかし試練も



J-1で“最初の移住”へ——ハワイ番組3本立ち上げ、しかし試練も

リクルート入社から5年、夢だった冬のニューヨークには行けず、仕事で日本とハワイを行き来していたカズさん。ある日、ハワイの制作委託先の社長から「うちに来て働かないか?」と誘われます。提示されたのはJ-1ビザで1年間ハワイ就労できる条件。上司の「挑戦してみるといい」という後押しもあり、カズさんは移住を決断しました。

住まいはドールストリートのアパートでルームシェア。1年のハワイ生活を経て帰国後、海外旅行専門チャンネルを開局する衛星放送事業社に入社。後に看板番組となる「アロハ天国」の立ち上げに加わり、ハワイの仕事を続けることに。しかし2003年の9.11後、事業は縮小し2005年にクローズ。そこで終わらないのが、カズさんの“ハワイの縁”でした。

 

E-2で再移住、家族も合流——そして2021年グリーンカードへ

 

E-2で再移住、家族も合流——そして2021年グリーンカードへ

次の誘いは、老舗ハワイ情報誌アロハストリートを発行するwincubic.com, inc(W3)から。カズさんはまずビザを確認し、提示されたのはE-2(5年更新可能)。「更新も可能」とわかったことで腹が決まり、奥様も背中を押してくれたそうです。2007年に単身で渡航し、1年かけて生活の準備を整えます。

奥様は翌2008年に移住し、出産直前まで日本で過ごしたのちハワイへ。移住後すぐ長男が誕生し、2年後に次男も誕生。二人ともハワイ生まれのローカルボーイです。ビザ更新を重ね、2021年にグリーンカード取得。ハワイ移住から14年の月日が流れていました。

 

“自分の常識は通用しない”——夕陽のある暮らしと、次の夢

 

“自分の常識は通用しない”——夕陽のある暮らしと、次の夢

2007年、35歳で2度目の移住をしたカズさんは「少し天狗だったかも」と笑います。けれどハワイで痛感したのは、日本の経験や肩書きはそのまま通用しないこと。ハワイにはハワイの文化や慣習があり、日本の常識を持ち込んでもうまくいかない——そう実感できたのは移住5年目くらいだったと言います。

一方でメディアの仕事は、人との出会いを連れてきました。島中にネットワークができたことは大きな財産。現在の平日は早起きし、子どもを学校へ送り、夕方には帰宅。夕食づくりはカズさん担当で、今も90年代のハワイで聴いた洋楽をBGMにご飯を作っているそうです。夢はアロハストリートを“日本とハワイをつなぐメディア”としてさらに育てること。そしていつか、メディアを卒業してカウアイ島でアナログな仕事をしながら暮らすこと。

最後に移住を考える人へカズさんは言います。「情報の前に、なぜハワイに住みたいのかを整理して。必要な情報を集めつつ、来たらローカルの輪に入って経験を増やしてほしい。良いことも悪いことも体で知って、それでも住みたいならハワイで生きればいい」と。ハワイは、覚悟ある挑戦者をちゃんと受け入れてくれる場所なのです。

 

 

 

 

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