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ハワイの温かさは、当たり前じゃない。17年、日系二世の記憶を記録し続ける理由

[ハワイライフ実現者インタビュー]
Hiroyuki Matsumoto / 松元 裕之
特定非営利活動法人 NAC-J 代表/映像プロデューサー

取材・執筆:WAAP編集部/写真提供:松元裕之


ハワイの温かさは、当たり前ではない ── そう語る人がいる。松元裕之さん、62歳。広告会社でCMプロデューサーとして18年働いたのち、ハワイ日系二世の記憶を記録する道に入った。きっかけは、亡くなる直前の友人からの一本の電話だった。17年、二作のドキュメンタリーを撮り、約2,000人の日系の人々と会ってきた人が何を見てきたのかを聞いた。


1. 一本の電話が、人生の向きを変えた

2007年のある日、松元さんは熊本にいる友人に電話をかけた。書家として活動していた男である。受話器の向こうで告げられたのは、癌を患い、余命がわずかであるという事実だった。言葉を探している松元さんに、友人はこう言った。
「マウイに行きたいんだ。」
松元さんは驚いた。その3日後、自分がマウイへ発つ予定だったからである。

マウイから戻ると、松元さんは熊本へ向かった。なぜマウイなのか。ベッドの上の友人に理由を尋ねると、返ってきたのは短い一言だった。
「アーティストはマウイばい。」
十日後、友人はこの世を去った。

残されたのは、行けなかった約束だった。松元さんは友人の作品を抱えてマウイへ渡る。2008年3月10日から11日にかけて、マウイビーチホテルのワイルク・ルームで、二日間だけの遺作展が開かれた。展覧会の名は「南島妄想見聞録」。入場は無料だった。

一番小さなカンファレンスルームを借りた、ささやかな展示である。それでも、ハワイの熊本県人会をはじめ、多くの日系人が力を貸してくれた。日本から来た遺族を、彼らは家族のように迎え入れた。
「あの時いただいたご恩が、今の私の原点なんです。」

2008年3月、マウイビーチホテルで開かれた遺作展のポスター


2. 恩返しが、人生の仕事になった

松元さんは1964年、宮崎県都城市に生まれ、岐阜で育った。名古屋を経て、1990年に東京の広告会社へ入る。以来18年、CMプロデューサーとして働いた。担当したのはBMW、オージービーフ、Red Bullといった外資系のクライアントである。映画づくりとは無縁の、広告の現場だった。

マウイでの遺作展から半年ほど経った2008年秋、リーマンショックが世界を襲う。松元さんは会社を離れることになった。新しい仕事を探す道もあった。それでも心に残っていたのは、マウイで受け取った温かさのほうだった。
「この恩を返したい。返さなければ。」

2010年7月2日、特定非営利活動法人NAC-Jを設立する。最初に決めた活動は、マウイ島の Kansha Preschool を支援することだった。

Kansha Preschool は、二世退役軍人の功労を記念して建てられた Nisei Veterans Memorial Center の中にある、ハワイで唯一の保育園プログラムである。三世、四世と世代が進むにつれ、日系人としての意識や、二世への感謝が薄れていく。それを危惧した日系の高齢者たちが自ら始めた。同じ施設にデイケアセンターが併設されており、毎日一時間、お年寄りと子どもたちが顔を合わせる時間が設けられている。子どもは日系人としての感覚を身につけ、お年寄りには張り合いが生まれる。

松元さんはこれまでに約8,000ドルを寄付してきた。訪れるたび、日本の古典的な遊具を携えていく。けん玉やお手玉が、ハワイの子どもたちの手に渡る。

なぜ日本人はハワイに惹かれるのか。その理由を歴史から辿った記事も、あわせて読んでいただきたい。 
→ なぜ日本人は、ハワイに惹かれるのか。人生を見つめ直す場所としてのハワイ

Kansha Preschool ディレクターのシャリーン・ドイさんへ、上映会で集まった寄付を手渡す(2012/7)


3. ハワイに残る、もう一つの日本史

活動を続けるなかで、松元さんはあることに気づく。「日本では、ハワイの日系人の歴史を知らない人が本当に多いんです。」だったら、自分が伝えよう。そう決めたのが2009年だった。ここから数えて、今年で17年になる。

映画制作の経験はない。大きなスポンサーもいない。それでも松元さんは各島を歩き、二世たちの話を聞いて回った。集まったのは、アメリカ陸軍の第442連隊戦闘団、第100歩兵大隊、MIS(陸軍情報部)に所属した退役軍人31名と、二世女性3名の証言である。

こうして完成したのが『Go for Broke! ハワイ日系二世の記憶』(2012年・98分)だった。作品は2012年のホノルル・フィルム・アワードでハワイ映画部門の最高賞「ベスト・オブ・ハワイ」を受賞し、同年のマウイ映画祭に公式選出されてワールドプレミア上映される。上映の日、マウイ中の二世退役軍人が正装して会場に集まった。

第100歩兵大隊は、ハワイの日系二世だけで編成された最初の部隊である。のちに第442連隊戦闘団に編入されたが、「100」という番号はそのまま残された。

戦争を扱った作品ではある。ただ、松元さんの見方は少し違う。
「戦争映画かもしれないと思われるかもしれませんが、映画の3分の1は、二世がプランテーション時代の思い出を懐かしそうに語っているんです。『ハワイに残るもう一つの日本史』的な作品だと思っています。」

作品は国内外で評価された。しかし松元さんは、その評価を自分のものだとは考えていない。
「評価されたのは私ではありません。映画に出てくださった日系二世の皆さんです。」

二世の証言を記録する。背後の写真立てに、その人が歩んだ時間がある


4. 母が広島から運んできたトランク

上映活動を続けるなかで、忘れられない場面がある。2018年4月、ハワイ島ホノカア。トモエ・オケタニさんという日系二世の女性を取材した時のことだ。話を聞き終えたあと、彼女は納屋のような場所へ松元さんを連れて行き、母の形見を見せてくれた。

木の桟と金属のバンドで補強された、大きなトランクだった。トモエさんの母が広島から嫁いでくる際、家財道具一式を詰めて船に積み込んだものである。100年以上の時が流れても、家族が代々受け継いできた。蓋を開けると、中は空だった。仕切りの浅いトレイだけが残っていた。
「目の前で見た時、胸がいっぱいになりました。」
「これは古い荷物じゃない。故郷を離れる覚悟であり、一人の女性の人生そのものなんだと思いました。」
その瞬間、松元さんは思う。この人たちの人生を、記録として残さなければいけない。

生まれたのが『Okagesama de 〜ハワイ日系女性の軌跡〜』(2021年完成・112分)である。2022年8月19日に劇場公開され、ハワイ国際映画祭2021に公式選出、ジャパン・フィルム・フェスティバル・ロサンゼルス2023では公式セレクトに選ばれた。2024年8月から2025年3月にかけては、ハワイアン航空の機内エンターテイメントとして世界の路線で配信されている。

タイトルの「オカゲサマ」は、松元さんが考えた言葉ではない。「JCCH(ハワイ日本文化センター)の展示にも、マウイの二世ベテランセンターの機関紙にも『Okage sama de』という言葉が使われています。日系の人たちが大切にしている言葉だと、日本人に解ってもらいたくて使っています。」

ハワイに「余白」を感じる人は多い。その余白がどこから来ているのかを考える記事もある。 
→ ハワイには、人生に「余白」がある。自分らしい生き方を見つめ直す場所

ハワイ島ホノカアのトモエ・オケタニさんと、母が広島から運んできたトランク(2018/4)




5. 一度も、やめようと思ったことはない

17年の活動を、松元さんはどう支えてきたのか。制作費は、基本的に自費である。そこに公益財団法人ユニベール財団(ホノルル灯篭流しの主催団体でもある)の助成が加わり、最後には新聞が取り上げてくれたことで寄付が寄せられた。撮影も、脚本も、監督も、オフラインの編集まで自分の手で行った。仕上げのポストプロダクションだけを、仲間が引き受けてくれた。

それよりも重いのは、届けたい相手に届かないことのほうだった。
「フラの方たち、ハワイアン音楽を楽しまれている人たちに映画の視聴を訴えても、興味を示さない方が少なくありません。」ハワイを愛している人ほど見てほしい。そう思って持っていくのに、反応は鈍い。日本におけるハワイの語られ方と、松元さんが記録してきたハワイのあいだには、まだ距離がある。

それでも、17年のあいだに「もうやめよう」と思ったことがあるか尋ねると、答えは短かった。
「ありません。」
理由も、短かった。
「二世たちの人柄や笑顔を思い出すからです。」

一度だけ、その距離が縮まったと感じたことがある。ハワイに長く住み、いまは日本で暮らす女性がこう言ったのだという。
「日本に帰って、日本のハワイ業界に違和感を持っていました。私の知るハワイとは全く違うからです。でも、松元監督が『Go for Broke』を制作し、日系の歴史を伝えていることに嬉しくなりました。」
彼女は現地の日系コミュニティに深く入っていた人だった。二世の退役軍人たちに世話になり、その暮らしを内側から見てきた。だからこそ、帰国後に触れた「ハワイ」に、違和感を持った。

ハワイで信頼を得る人は、必ずしも英語が上手い人ではない。その理由を掘り下げた記事はこちら。 
→ ハワイで成功する人は英語が上手い人ではない|事業進出で信頼を築く条件

2018年4月、撮影現場。レフ板もカメラも、自分で構える

 

6. 「また来ましたよ」── 墓前で交わす挨拶

松元さんはハワイを訪れるたび、日系二世退役軍人の墓参りに行く。
「いつも『また来ましたよ』って声をかけるんです。」
「今の自分があるのは、あの皆さんとの出会いがあったから。だから、お墓参りだけは欠かせません。」
墓標には、その人が歩いた道が刻まれている。ヤナムラ・ハーバートさん、1924年生まれ、2020年没。TEC 3、WORLD WAR II、BRONZE STAR、MIS。並んで眠るのは妻のチヨさんである。

いま、松元さんは第三作『HERSTORY』を準備している。まだ企画の段階だ。今度はドキュメンタリーではなく、オリジナルの物語にするという。
「これまでインタビューしてきた50名近い二世の証言を、極力入れた一人の女性の物語にしたいと考えています。彼ら二世は、特に母への想いが強い人が少なくありませんでした。彼らの物語を入れることで、今は亡き二世たちへの敬意と感謝を示すことができると考えています。」

タイトルの由来は、二作目にある。『Okagesama de』のフライヤーには、こう書かれていた。「歴史は"History"。しかしこれは、女性の歴史"Herstory"」。二作目が投げかけた言葉が、三作目の題名になった。作品には、1950年に行われた美空ひばりのハワイ公演も織り込まれる予定だという。事務所からは活動への賛同を得ている。

完成時期は決まっていない。予算が集まるかどうか次第である。
「まだ伝えなければならない人生があります。」
「だから、まだ終われないんです。」

ヤナムラ・ハーバートさん(1924–2020)の墓標に、『Okagesama de』のフライヤーを供えて


7. ハワイの温かさは、当たり前ではない

コロナ禍が明けた2023年4月から2025年11月までのあいだに、松元さんが交流した日系の人々はおよそ1,000人にのぼる。その松元さんが、ハワイが好きな人に向けて伝えたいことがあるという。

「ハワイは、多くの日本人に愛されている場所です。でも、ハワイの温かさは決して当たり前ではありません。」

「ハワイの魅力はリゾートでもグルメでもマリンアクティビティでもありません。それらの要素は、他の国や地域にもあります。しかしハワイにしかない魅力は、日本文化が根付き、日本人だとわかるとウエルカムされる心地よさです。これはハワイにしかありません。」

「そしてそれを成しえてくれたのが、日本人移民とその末裔である日系人です。ハワイの人たちは、日系人を通して日本人に対する親近感や信頼感を持ってくれています。」

ハワイとの関わり方は、移住だけではない。学ぶこと、記録すること、伝えること。松元さんは日本に住みながら、17年かけて、ハワイでいちばん見えにくいものを見つめ続けてきた。

私たちがハワイで受け取っているあの心地よさは、誰かが積み上げてくれたものの上にある。「オカゲサマ」とは、たぶん、そういうことなのだろう。


【NAC-Jの活動を支える】

松元さんが代表を務める特定非営利活動法人NAC-Jは、ハワイの日系人の歴史を記録・発信し、マウイ島の Kansha Preschool を支援しています。第三作『HERSTORY』の制作準備も進行中です。

支援の方法
・ご寄付
・会員として支える — 正会員 10,000円/個人賛助会員 6,000円/団体正会員 一口 300,000円/団体賛助会員 一口 100,000円
・上映会を主催する — 30名以上、お一人2,000円以上でご相談を承っています(地方は別途交通費)

寄付の窓口
オンライン:https://www.paypal.me/okagesamademovie
銀行振込:ゆうちょ銀行 鎌倉小坂店028 普通 1024944 トクヒ)ナックジェイ

使途:第三作の制作準備費/NPOの活動費
お問い合わせ:okagesamademovie@gmail.com


作品・団体リンク

・『Okagesama de 〜ハワイ日系女性の軌跡〜』:FacebookInstagram 
・『Go for Broke! ハワイ日系二世の記憶』:Facebook
・特定非営利活動法人 NAC-J:Facebook


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